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名古屋地方裁判所 昭和40年(ワ)3389号 判決

原告

石井英明

右訴訟代理人

田上益朗

被告

名古屋汽船株式会社

右代表者

福井武雄

右訴訟代理人

本山享

外二名

主文

一、原告が被告の従業員の地位を有することを確認する。

二、被告は原告に対し

(一)  金五、一四二、七七四円

(二)  昭和四五年九月一日以降毎月末日限り金八五、八八六円をそれぞれ支払え。

三、この判決は第二項の(二)に限り仮に執行することができる。

四、訴訟費用は被告の負担とする。

事実《省略》

理由

一、被告が海運業を営む会社であり原告が被告に昭和三六年五月一八日甲板員として雇用されたこと、被告は原告に対し同年七月一七日それまで原告が乗船していた被告所有船名光丸の本件雇入契約を解除する旨の意思表示(雇止)をなし、翌八月一九日口頭を以て臨時雇用期間満了の理由で解雇する旨の本件解雇の意思表示をなしたこと、なお予備的に昭和四〇年一一月二日「原告が全日海から組合加入拒否されたことを理由に、原告を労働協約二一条四号、就業規則一五条四号の『著しく職務に不適任である』に該当する者」として解雇の意思表示(予備的解雇)をなし、右意思表示は同月一三日原告に到達したことはいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで本件解雇の効力について判断するに、海上労働契約は船員法により予備船員について雇用契約が、乗組員について雇入契約がそれぞれ規定され、海上労働者の保護および航海の安全を図つて種々の立場から行政官庁の後見的監督に服しているが、右雇入契約は雇用契約を前提とし、その存続期間中船舶という一定の職場を限定し乗船労務の提供をなすことを内容とする乗船契約である。

従つて海上労働契約は基本たる雇用契約のほかに雇入契約が存在するという特殊な法律関係である。

よつてまず本件雇用契約の内容につき判断する。

(一)  本件雇用契約の内容について原告は本雇用又は試用雇契約であると主張し、被告は臨時雇契約であると主張するので、以下この点につき検討する。

1〈証拠〉を総合すれば次の事実が認められる。

(1) 被告は昭和三六年五月一九日近畿海運局内船員職業安定所に「甲板員又は操舵手、雇用期間三カ月」として求人申込をしたところ、翌二〇日同職業安定所より原告が紹介されてきたので、浜中博船員課長が面接のうえ原告との間に本件雇用契約を締結し、同月二八日ころ入港予定の名和丸乗船まで自宅待機するように命じた。

その際作成された契約書によれば契約の条件は「職名(甲板員)、本給月額一一、〇〇〇円(乗船本給)、雇用期間乗船後三か月(変更も可)」とあり、同年五月二〇日付で海務部長より原告に送付された採用通知書には右契約書同様「乗船後三カ月(変更も可)」との記載のほか「同封の予備員心得諒承のうえ取りはからうように」との内容の記載がある。

右「変更も可」なる文言は、原告と浜中船員課長の面接の際同課長が原告から雇用期間が短期に限定されているのは困る旨の申出を受けて契約書に付加記入したものであつた。

(2) ところが、被告は右雇用契約締結当時船舵手小川博徳を採用しており、同人を組合専従のため下船する名光丸操舵手菅谷孝久の後任に予定していたが、右小川が病気により乗船できなくなつたのでその補充として、同月二二日名和丸乗船のため待機していた原告を名光丸に乗船させることとし、原告にその旨連絡し、名光丸船長森本丸船長森本重康宛の差遣状を作成し、同月二三日川崎港において、原告を名光丸に乗船させた。

船員が乗船する際は被告より直接船長宛にその船員の労働条件その他を記載した乗船命令書が発せられるのが通例であるが、原告の場合、名光丸の乗船が急だつたため右乗船命令書は発せられず差遣状を以てこれに代えた。

右名光丸船長宛の差遣状には「雇用期間乗船後三カ月」のほか「本人即時乗船ですが長崎水産大学卒業であります。将来本員として採用出来る様御指導願います。」と記載されていた。(右差遣状の記載内容は浜中船員課長から原告に告げられている)。

なお、原告は名光丸乗船にあたつて、浜中船員課長から一航海終了後は名宝丸または名和丸に転船させる旨の連絡を受けていた。

(3) 原告が名光丸に乗船の際、名光丸船長は船員法三七条に基づく原告の雇入契約公認申請手続をなすにあたつて、事務長守屋茂に事務上の手続をなさしめたが、右申請手続は通常乗船命令書の記載に基いてなされるところ、前記のとおり原告には乗船命令書が発せられていなかつたので、同事務長が差遣状の記載に基き、「職務操舵手、雇入期間不定、雇入日同年五月二三日、給料一一、四〇〇円」として海員名簿に記入のうえ、関東海運局川崎出張所に公認申請をなし、これが公認され、船員手続にもその旨記載された。

なお原告は乗船後事務長に一一、四〇〇円は甲板員の保障本給であつて操舵手のそれは一四、〇〇〇円であることを申出、右申出が認められ乗船当初から本給一四、〇〇〇円で支給されることになつた(その後右変更の公認手続も受けた。)。

右本給は被告の加入する船主団体である二三団体と全日海の間の労働協約による職別最低保障本給表の遠洋三千屯未満、近海三千屯以上の船の部員役付給与相当額であり本採用の船員と同一であり、名光丸における操舵手としての原告の作業内容も本採用の船員の作業内容と同一であつた。

(4) 原告の乗船した名光丸はその後外国航路を六航海した後、昭和三六年七月一七日富山県伏木港に入港したが、その直前、原告は船長より「社命下船」の電報があつた旨口頭で通知されたが、原告としては当初乗船する予定だつた名和丸又は名宝丸への転船のためではないかと考えていた。

原告の下船後その後任には名光丸船匠の小松某が急拠操舵手として起用され、同人の後には船匠の山田久が新らたに名光丸に乗船している。

(5) 当時船会社は一般に船員不足の状態であり、臨時船員として採用される者は極めて少なく、期限付で採用されても、成績不良、病気等の特別の事情のない限り二、三カ月の期間の経過後特段の登用手続を終ることなく、本船員として引き続き雇用されていたのが例であつた。

また就業規則には臨時雇又は試用雇の制度は規定されておらずただ被告と全日海との労働協約三条二号にユニオンショップ条項の適用が除外される者のひとつとして「臨時に船員として乗船する者」が規定されており、右の実際の例としては、普通会社の陸上社員(非組合員)が船舶事務員として乗船するような場合が多い。

以上の事実が認められ、(証拠判断省略)

2以上に認定した事実に基き、本件雇用契約の内容を判断するに、雇用契約が、いわゆる本雇または試用雇であるか、あるいは臨時雇であるかは、何よりもまず契約書の記載文言に従つて判断さるべきであるが、それに加えて雇用契約締結の経緯、締結後の稼働状況、労働条件等および契約締結当事者の合理的意思等をも勘按さるべきものであることは多言を要しない。

これを本件についてみるに、契約書には「雇用期間乗船後三カ月(変更も可)」と記載されているのであるから、契約文言上からは雇用期間は三カ月に限定されており、右期限を変更するかどうかは被告の裁量に委ねられていると解釈できるから、右契約文言からすれば被告主張のとおり臨時雇契約であると見ることが可能である。

しかしながら、先に認定したとおり、「変更も可」なる文言は、臨時雇では困るとの原告の要請により付加されたものであること。原告は名光丸に乗船するに際し、一航海終了後は、名宝丸または名和丸に転船し、引き続き乗船勤務するよう被告から告げられていたこと、差遣状には本員採用予定者であることが明記されていること、ならびに臨時雇については就業規則上明文の規定なく、期限付で雇用されても二、三カ月で成績不良者でない限り特段の登用手続を要せず本雇として引き続き雇用されるのが通例とされていたこと等の諸事実からすれば、本件雇用契約は、確かに三カ月という期限付ではあるけれども、右契約締結に際し、期限満了後は、成績不良等の特別事情なき限り本雇に採用する旨の合意が原、被告間に成立していたと推認するのが相当である。

従つて、本件雇用契約における三カ月の期間は、実質上試用期間の性質を有することになるから、法的に言えば、右雇用契約は試用雇契約と解すべきである。

3そして前記認定の船員手帳および公認手続に本件雇入契約の期間が不定として記載されていることも、本件雇用契約が試用雇であることを裏付ける一資料になるものと考える。

被告は船員手帳および公認手続における「不定」の記載は、船長および事務長が公認手続をなすに際し差遣状どおり三カ月と記載すべきであるのに誤つて記載したものである旨主張し、〈証拠〉中には、右主張に副うような記載部分(名光丸事務長守屋茂が原告の申出により、原告が将来他の船会社に就職するにあたつて有利なよう本件雇入契約が本雇者についてなされたように船員手帳および公認申請書にあえて「不定」と記載した旨の供述記載部分)が存する。

しかし、右供述記載部分は次の理由により、たやすく信用できない。

すなわち、もし差遣状に記載されている労働条件と異る労働条件を労働者本人の便宜のためというような恣意的理由により、公認申請書、海員名簿、船員手帳に記載することは、船員法三六条、三七条、三二条の規定の趣旨に照らし許されないところであつて、このような措置をとることは、その者(船長)の重大な職責違背といわなければならない。

従つて通常公認申請手続にたずさわる者は、このようなことはなさないと考えるから、名光丸事務長が公認申請手続等に雇入期間不定と記載したのは、差遣状の「将来本員に採用予定」と書かれている点を重視し、原告を三カ月経過後は当然に本雇になる者(試用雇)であると考えたためであると認めるのが相当である。船員法三七条にいう公認手続は船員保護の見地から既に成立している雇入契約の内容を行政官庁において審査し、公に証明するものでその性質は行政官庁の認証行為であり私法上の雇入契約の成立要件又は効力発生要件ではないことは、被告主張のとおりであるが、当裁判所は、本件雇用契約が、試用雇契約であると認めるから、前記公認手続は、右雇用契約を前提とする雇入契約として、その実態のとおりなされたものと解する。

4次に被告は試用雇もしくは本雇を採用するには、船員手帳、履歴書、身元保証書、誓約書、戸籍抄本、学業成績証明書等の提出を求めると主張する。なるほど前掲各証拠によれば原告の場合単に船員手帳および履歴書を提出させたのみで採用し、その余の書類は提出させなかつたことが認められるが、〈証拠〉によると必ずしも被告における右取扱は厳格になされていたものではなく、これまでその余の書類を提出しないまま本船員に採用された事例が存することが認められるから、各書類を原告が提出しなかつたという事実は、前記認定をくつがえすに足りる資料とはし難い。

5〈証拠〉によれば次の事実が認められる。

(イ) 全日海は昭和三六年六月二三日付で同組合とユニオンショップ条項を締結している各船舶会社(被告も含む)および海運局に対し「山田海運若潮丸労働組合の件」と題する文書を以て「先に船員新聞(五月二九日付第七二五号)で発表した山田海運若潮丸事件は海上労働運動の件に於いて終戦直後の事件以来、最近例のない事件であつたので、当時の関係者の氏名を送付します。特に重要人物と見られる者操舵手石邦英明、操検長中川秀蔵、司厨長谷本義光、操機手鈴木弘、同幸板光男、機関員村中一也、尚右の六名は今後組合加入することは拒否することになつており、ユニオンショップ制協定会社に就職することはできませんので厳重なる配慮を必要とします」との内容の通知をなした。

(ロ) 原告が本件差止めされた直後、本社に赴き雇止めの理由を問いただしたところ浜中博船員課長が「全日海から組合員として認めることができない旨の通知がきているので雇うことはできない。しかし生活のこともあるから失業保険金がもらえるようになる九月一〇日まで採用しておく。」旨の説明をなしている。

(ハ) 全日海が各船会社および海運局に出した前記文書に送付された六名のうち、谷本義光は昭和三六年六月八日兵機海運に入社したが同年七月二七日付で解雇され、村中一也は同年六月一二日日照海運に入社したが同年七月一三日解雇されており、右解雇の理由はいずれも前記全日海の発送文書に基づくものであることがうかがわれる。

さらに東洋郵船に入社した鈴木弘も全日海の加入拒否通告を受けている。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、被告が試用雇である原告をことさらに臨時雇なりとして期間満了を理由に本件解雇をなした真の理由は、全日海から前記のように原告が加入拒否該当者である旨の通告を受けたためであることが認められ、本件解雇に伏在している右のような事情も、本件雇用契約が臨時雇でなく、試用雇であることを裏ずけるに足りる有力な資料となると考える。

6しかして試用雇を本雇に登用するにつき辞令の交付等の特別の手続を要する旨の証拠は何ら存しないから、本件試用雇契約は、試用期間中に従業員として不適格であるとの理由で右試用雇契約が解約されないかぎり、右期間経過により、当然に本雇としての地位を取得するという解除条件付の労働契約であると解するのが相当である。

そして〈証拠〉によれば、名光丸における原告の職務状況は普通であつて、格別成績の不良は認められず、〈証拠判断省略〉。

7してみると、本件雇用契約が臨時雇契約であることを前提とし、三カ月の臨時雇契約の期間満了のみを理由とする本件解雇はもとより適正な解約権の行使とは言えないから解雇事由を欠き解雇権の濫用として無効というべきであり、原告は昭和三六年五月二三日(名光丸乗船の日)から起算して三カ月経過した同年八月二三日に本雇となつたものと認めるべきである。

(二)  次に本件雇入契約の効力について検討するに右雇入契約は「雇入期間不定」として公認手続がなされたものであり、前記認定の経過からすれば、期間の定めのない雇入契約であること明らかである。

ところで船員法四二条は「期間の定のない雇入契約は二四時間以上の期間を定めて書面で解除の申入をしたときはその期間が満了した時終了する。」と定めているところ、右規定から明らかなように雇入契約解除の条件として書面による申入れが必要とされているのであるから、右書面は雇入契約解除の申入れの効力発生要件と解するのが相当である。

さらに同条の趣旨からすれば右書面とはその記載内容から当然に雇入契約解除の意思表示であることが確実に看取し得る程度の表現ある文書であることを要するものと解される。

被告は名光丸船長を通じ原告に対し電報で二四時間以前に、昭和三六年七月一七日限り雇止にする旨の申入をなしていると主張するが、被告の全立証をもつてするも右電報が原告に示されたことを認めることはできない。

のみならず、電報は、同条にいう書面とは認められず、本件雇止は公務手続がなされたとしても、書面を以てなされていないから、同条に違反して無効という外はない。

さらに期限の定めのない雇入契約につき、船舶所有者は書面を以て右予告をすればいかなる場合でも自由に船員を雇止できるものではなく、それが権利の濫用にわたる場合は無効といわなければならない。

これを本件についてみるに、先に認定した本件雇入契約解除および解雇に至るまでの経緯に徴すると、本件雇入契約の解除は、本件解雇をなすためその前提としてなされたものであることは明らかであり、本件解雇が権利の濫用として無効である以上、本件雇入契約の解除は実体上からしても権利の濫用として無効というべきである。

三、よつて進んで予備的解雇の効力について以下判断する。

(一)  被告の本件予備的解雇の理由は労働協約二一条四号、就業規則一五条四号にいう「著しく職務に不適任である者」に原告が該当するというにあることは前記のとおりであり、被告は、原告が全日海から組合加入を拒否されたため、被告は全日海と締結しているユニオンショップ協定により、原告との雇用を継続することはできないから、原告を雇入れ乗船稼働させることは不可能になつた。このような原告は、著しく職務に不適任であるという外はないから、これを理由に予備的解雇をなした旨主張するので、以下右主張の当否を判断する。

一般にショップ協定に基づいて従業員を解雇するには、ショップ協定とは別に、その旨の個別的労働契約の存在を必要とすると解すべきところ、被告の本件予備的解雇は、ショップ協定に基づく解雇ではなく、原告がショップ協定適用の対象者であることを前提としたうえで、それを理由に著しい職務不適任者として解雇するというにあることは前記のとおりである。

そこで本件予備的解雇の効力については、まず、原告に対する本件加入拒否の効力、ショップ協定の存否、ショップ協定適用に関する個別的労働契約の存否が判断されなければならないことになる。

よつてまず本件加入拒否の効力について以下考察する。

(二)  原告についての全日海加入手続および加入拒否決定に至る経過

〈証拠〉によれば次の事実が認められる。

(1)  全日海組合規約によれば同組合に加入しようとする者は所定の用紙によつて加入申込および登録の手続をとると同時に加入金を納入しなければならない。

加入金は納入の当時から起算して六カ月間有効とし、有効期間内に第一回組合員の納入が行われないときは加入を取消される。この場合、加入金は返金しない。(同規約七条一、二項)

組合加入申込者は右の手続を以て申込組合員之証を受けとつたとき、組合員の資格を取得する。但し、加入金のみを納入し、組合費を納入しない者は組合費を納入するまで不完全組合員として扱われる。

正規の組合員手帳は加入金と第一回組合費の納入が本部で確認されてから発行される。(同規約八条一、二項)

(2)  そしてさらに具体的な加入手続は、組合規約施行規則規程第二号「組合加入および組合員登録に関する手続規程」(以下単に「施行規則」という)により通常地域の各地方支部を通じてなされ、各支部受付係(加入扱者)は窓口において加入申込者について

「一、かつて、本組合の組合員であつた事実はないか。

二、かつて、本組合員であつたが、任意脱退を行つた事実はないか。

三、かつて、本組合の統制違反処分に付された事実はないか。

四、かつて、本組合員であつたが、組合費滞納のため除籍処分に付された事実はないか。

五、現に規約第五条第6項の規定(使用者の利益代表者の組合加入排除)に抵触する事実はないか。」

の経歴調査を行い、申込者が就業船員であつて、右の何れにも該当する事実がない「新規加入者」であると認めた場合は、直ちに加入申込書を発行し、右何れか一に該当する疑いがある場合は、資格審査の以前に加入申込書を一切発行してはならない。(同施行規則四条一ないし三、七項)

そして、「一、滞納除藉者またはその疑いのある者

二、以前に組合員の経歴を有する脱退カード非所持者

三、以前に統制違反処分の経歴を有する脱退カード所持者

四、自動承認に該当する者以外の非就業者

五、水辺労働者

六、外国人船員」の何れか一に該当する申込者については、加入手続の以前に資格審査が行われ、承認を与えられた場合に限り、加入申込書が発行される。

右申込者の資格審査は、支部機関からの申請書に基き、中央執行委員会が行なう。(同施行規則五条一、二項)

加入申込書が発行され、申込をなす者の申込の手続は所定の加入申込用紙によつて行ない、申込者に所要事項を記入させ、加入扱者が所属および登録地の指定を行ない、加入申込書に記入する。(同施行規則六条一、二項)

加入扱者は、徴収した加入金および組合員に対して発行した領収証紙を、申込組合員之証の所定欄に貼布し、その組合員之証を加入申込書から分離して申込者に交付したうえ加入申込書、加入金および組合費等を加入扱地の支部機関を通じて本部に送付し、登録の申請をする。

申込者には、申込組合員之証とともに、組合員手帳および規約ならびに必要な施行規則が交付される。(同施行規則八条一、三項)

組織部登録係は送付された加入申込書と組織表に基き第一回組合費の納入が確認された申込者に対し、組合員登録原簿および組合費納入カードを調製し、組合員の登録を行い、登録した組合員に対しては正規組合員手帳を交付する。(同施行規則九条一項)

(3) 原告の場合は昭和三六年六月八日川崎港で名光丸に乗船する際に、全日海に組合員としての加入手続をなし、加入金を納入し、申込組合員之証の交付を受けている。

また原告の同年五、六月の各給与から全日海運組合費月五〇〇円合計一、〇〇〇円がそれぞれチェックオフされている。

一方、同年六月二一日全日海中央執行委員会は後記若潮丸事件において、全日海と異なる争議方針をとつた若潮丸船員労働組合の主導的組合員である原告ら数名の措置について検討をなし、原告外五名に対しては全日海の加入を拒否する決定をなし、各支部にその旨指示した(なお若潮丸事件当時、既に全日海に加入していた村中一也については統制委員会に告発し、その後同委員会で査問がなされ、除名処分がなされている)。

ところが既に、そのころ原告は加入申込手続が終了しており、右手続書類が本部に送付されてきた段階で初めて右加入拒否該当者であることが判明するに至つた。

(4) 若潮丸事件の内容は次のとおりである。

すなわち原告は被告に雇用される以前、山田海運所属の若潮丸(八六四トン)に乗船していたが、当時若潮丸は老朽船のため航海中にエンジンが停止したり、船底の排水パイプが故障するなどしたうえ、必ずしも労働条件の整備がなされておらず、乗組員の入れ替りも激しく人員が不足で乗組員の労働は過重であり、また就業規則の定めもなかつた。

そのため乗組員は自分達で組合を結成し、山田海運と交渉するしかないと考え、全日海に加入するべく同組合と連絡をしようと試みたが、右事実を山田海運に察知され、船長らから加入の妨害がなされた。

そこで航海中の昭和三六年三月二五日乗組員一七名中一四名が若潮丸船員労働組合を結成し、山田海運に同月二九日付文書を以て船舶の修理、定員確保、賃金その他諸手当の増額、船内福利施設の充実、事故により負傷した乗組員の生活保証等労働条件改善の要求をなし、翌三〇日大阪関西電力岸壁で団交したが交渉は決裂した。

次いで同年四月二二日鹿児島串木野港に入港した際、乗組員一三名が劣悪な労働条件のもとにおいてはこれ以上航海できないとして下船を申出、同月二四日若潮丸船員労働組合は山田海運に対し下船者に対する立上り資金として手取給の一〇カ月分を支給するように要求して出港を拒否する争議行為に入つた。

そして翌二五日山田海運と団体交渉がもたれ、右下船を取消し改めて労働条件について話合うという一応の了承がなされた。

ところがそのころ右争議のオルグとして全日海鹿児島支部長らが来船したが、山田海運は荷主との関係および当時串木野港の大型船舶の碇泊施設が一カ所しかなく、そのまま若潮丸が港に止まつていると港が混乱するなどの点から一刻も早い若潮丸の出港を意図し、山田海運が船主連合の一つである八洋会に入るとともに乗組員も全日海に加入し、これら上部機関による交渉にまかせることを提案し、全日海も乗組員全員が全日海に加入することを要求し、加入がなければ争議を支援するわけにはいかないとの態度を表明した。

このため従来の労働条件があまりにも劣悪であり、早急にこれら労働条件を改善しなければ安全な航海をなしえないとして串木野港における交渉解決を訴えていた若潮丸船員労働組合は全日海に不信感を抱き、全日海の組合加入の説得に応ぜず、双方に感情的な対立が生ずるに至つた。

そして山田海運は突如若潮丸船員労働組合に未加入の乗組員五名と山田海運所属の他の船正祐丸の乗組員全員を全日海に加入させ、同時に全日海との間にユニオンショップ協定を締結して、右協定に基き原告ら若潮丸船員労働組合員全員に対し解雇通告をなした。

その後右争議は荷主の斡旋により山田海運が右全員の解雇を撤回し、若潮丸船員労働組合員の希望下船というかたちで解決するに至つた。

しかして前記全日海の配布した文書に指名されている原告外五名は若潮丸船員労働組合の結成および組合活動において中心的な役割を果したものである。

(5) 原告は名光丸下船後昭和三六年七月二四日全日海組織部長宛に「下船命令に対する撤回要求書」と題して「七月一二日名古屋汽船名光丸の下船命令は全日海組織部の指示によるものと会社より説明がありましたが事実かどうか。」との文書を出したところ、同組織部長は「若潮丸事件に関して中央執行委員会は原告を加入拒否する決定をなしたこと。従つて原告が川崎において加入手続をとられたことは誤りであり、名古屋支部を通じて組合手帳の返還を要請した理由であり、誤つて徴収した加入金二〇〇円、第一回組合費五〇〇円合計七〇〇円は同支部を通じ返金すること。名古屋汽船との雇用関係については三カ月間の臨時船員として雇用されたものであり、協約のユニオンショップ条項との関係については、会社と協議の結果、三カ月未満の者については本条項を適用しないこととし、それ以上にわたる場合は雇用契約を解除することになつている。」旨の回答をなした。

以上の事実が認められ〈証拠判断省略〉。

(三) 以上に認定した事実に基づき本件組合加入拒否の効力について考えるに、原告は適法な手続により全日海組合員資格を取得したものであり、その後になされた本件加入拒否は、組合規約等の手続上許されず、原告は本件予測的解雇当時全日海の組合員であつたと認められる。

以下にその理由を詳述する。

原告が昭和三六年六月八日川崎でなした全日海の加入手続の当時はいまだ中央執行委員会において原告に対する加入拒否の決定がなされておらず、原告は、規約七条の加入申込および登録の手続をとるとともに、加入金を納入し申込組合員之証の交付を受け、既に二かカ月分の組合費のチェックオフをされていたのであるから加入手続自体その時点で何ら瑕疵がないことは明らかである。

ところが中央執行委員会が加入拒否の決定をなしたのはその後の六月二一日であり、正規の組合員手帳の発行がなされる前の段階である。

そこで右のように加入申込手続が終了した後いまだ正規組合員手帳の発行されていない間においてなされた前記組合加入拒否決定による加入拒否の効力について考えるに、施行規則一〇条は正規組合員手帳と申込組合員之証の取扱いについて、「申込者が正規の組合員手帳を受領したときは、指定の受領証を直ちに本部宛返送するとともに、所持している申込組合員之証をそのまま正規組合員手帳の指定欄に貼付するものとする。申込組合員之証の貼付されていない組合員手帳は、効力を認められない。申込組合員之証は、正規組合員手帳が交付されるまで効力を有する。但し、正規組合員手帳が交付されなくても、加入申込手続の日から起算し六カ月を超えた場合は、その組合員之証は無効となる。加入申込手続の日から起算し三カ月を超えても、なお正規の組合員手帳が交付されない場合は、本部に対し照会督促を行なうものとする。」と規定している。

従つて、右規則上、申込組合員之証は正規組合員手帳が発行されるまでの暫定的なものと言えるけれども、一方組合員資格の取得につき、規約八条一項は「組合加入申込者は前条(七条)に定める手続を経て申込組合員之証を受けとつたとき、組合員の資格を取得する」と明定し、例外として同項但書において「加入金のみ納入し組合費を納入するまでは不完全組合員とする」と規定している。施行規則上も右但書を受けて「加入金だけを納入し、申込のときより六カ月を超えなお第一回組合費が納入されないものについては一切の加入申込手続を無効処分にし、加入申込書は加入扱者に還すものとする。」と規定するにすぎない(同施行規則九条五項)。

そして前記認定のとおり施行規則所定の不適格事項に該当する疑いのある者については、中央執行委員会で資格審査をすることになつており、それ以前に一切加入申込書を発行してはならないのであつて、加入申込手続終了後の不適格者の排除は、同施行規則九条七項が「虚偽の申立による加入申込もしくは登録手続であることが判明した場合は、一旦加入手続が承認された者であつてもその加入申込を却下し、あるいはその登録を取消す。」と規定している以外には明文の規定が存しない。

これを要するに規約および施行規則上、組合に加入させることが不適当と認められる者は加入手続以前にこれを阻止する建前をとつており、ただ正規組合員手帳発行前に組合員資格を取消される場合とは「加入申込のときより六ケ月以内に第一回組合費が支払われないときおよび虚偽の申立による加入申込もしくは登録が判明したときだけを明定しているのであるから、右所定の加入取消事由ないかぎりは、規約八条本文の文言のとおり「規約七条に定める手続を経て申込組合員之証を受けとつたとき、組合員の資格を取得する」と解すべきであつて、このようにして一旦適法に取得した組合員の資格を、規約や規則に規定されていない中央委員会の加入拒否決定により取消すことは許されないものといわなければならない。

しかして、原告に対する全日海の加入拒否は前記施行規則に規定する加入取消事由に基づいたものではなく、しかも、組合加入申込手続終了後になされたものであるから、右加入拒否は、原告が一旦取得した組合員資格を喪失せしめる効力を有せず、原告を組合から排除するには組合規約による除名等適式な手続に基かなければならないことになる。

ところが、原告が組合の適式な除名手続によつて除名された旨の証拠は何ら存しない。

従つて原告は本件予備的解雇当時全日海の組合員であつたことは明らかである。

(四) 以上のとおり本件加入拒否は組合規約上原告が一旦取得した組合員資格を喪失せしめる効力を有せず、原告は、本件加入拒否後もいぜんとして全日海の組合員であつたのであるから、本件加入拒否により原告が全日海の組合員資格を保有していないことを前提とする本件予備的解雇はその余の点につき判断するまでもなく解雇事由を欠き、解雇権の濫用として無効といわなければならない。

四、従つて、本件解雇および予備的解雇はいずれも無効であるから、その余の点につき判断するまでもなく、原告は被告の従業員の地位を有することは明らかである。それにもかかわらず、被告はこれを争つているから、原告はその地位の確認を求める利益がある。

五、よつて進んで原告の賃金債権の存否について検討する。

被告は本件各解雇が有効であるとして原告の就労を拒否しているから、原告は民法第五三六条二項により本件解雇時以降も賃金債権を有することは明らかである。

(一)  前記のとおり本件雇入契約の解除は、無効なのであるから、原告に対しては、乗船中の基準内、基準外賃金である本給、手当および一時金が支給されなければならないことになる。

(二)  〈証拠〉によれば次の事実が認められれる。

1被告における船員の本給、手当は全日海との労働協約によつて画一的に規定されており、また一時金についても全日海との協定によりそのつど定められ、いずれも被告の査定により決定される余地はないところ、前記のとおり原告は被告の従業員の地位を保有し、かつ全日海の組合員であるから、右協約の効力を受け、原告の本給、手当および一時金は右協約が結ばれたときその効力として当然に確定し、支払請求権もその時点で発生すると解するのが相当である。

従つて被告と全日海との間に昭和三六年から四〇年まで、および昭和四二、四四、四五の各年度において適用されていた労働協約(但し昭和三六年から四〇年までは被告の加入する二三社団体が、昭和四二、四四、四五年は被告の加入する外航中小船主労務協会がそれぞれ全日海と締結していたものであるに基き、原告は職別給与のうち職務操舵手、名光丸が外航路線専門の貨物船で総屯数二、八四四屯であるので航路区分遠洋三千屯未満近海三千屯以上に該当し、昭和三六年八月二〇日以降四三年五月三一日まで、および昭和四四年六月一日以降四五年八月三〇日までの各期間においては少くとも原告の請求どおり別表1および2の賃金請求権が発生した。(証拠との関連は別表3のとおり。)

同様に昭和四三年六月一日以降四四年五月三〇日までの期間においては被告とほぼ同一の賃金条件のもとに締結している船主団体火曜会および船主団体一洋会と全日海との間の昭和四三年五月発行の労働協約および右年度の前後における被告と全日海との間の前記労働協約からすれば被告と全日海との協約もこれと同様であると推認できるから、少くとも別表1および2の賃金請求権が発生した。(証拠との関連は別表3のとおり。)

2その内訳は次のとおりである。

(別表1について)

(1) 最低保障本給

職種別に決定される本給で、本人固有の本給(原告の場合前記のとおり入社時の一一、〇〇〇円)が最低保障本給に達しない場合の乗船本給である。原告は職務操舵手として役付Bにあたり(BおよびAに分かれ、毎年経験加給を付加する。なお役付Aは操舵手五年の経験により適用する。)、毎年経験加給を付加したうえ昭和四二年六月一日より役付Aとして計算する。

(2) 乗船手当

昭和三六年より三八年一〇月までは本給の二割の額であるが、昭和三八年一一月に至り乗船手当は廃止されることになり、新らたに航路手当が新設され、外航二区(甲五七号証の五参照)で四八〇円である。

なお右手当は昭和四一年一月で廃止された。

(3) 食糧費

少くとも昭和三六年以降三七年五月までは一カ月「外航船舶で航海日数が一五日未満と予定される場合の金額」に、昭和三七年六月以降は「常時外航に就航する船舶」の食料費にそれぞれ三〇日を乗じた額が支給されて相当と認められ、昭和四一年二月以降は船舶に積む食糧の品目、量等の明示となり、少くとも金額九、〇〇〇円が認められる。

(4) 航海日当

少くとも一カ月単位金額に三〇日を乗じた額が認められる。

(5) 時間外手当

平均して月間三二時間の時間外労働が予測され、右時間を協約に基づく本給の一〇〇〇分の6.5に乗じた額が認められる。(別表2について)

(6) 一時金

昭和三六年夏以降昭和四五年夏まで原告に支払われるべき年間臨時給与(年夏冬の二回)であり、少くとも最低保証本給に〈〈証拠〉の各年度各季別の比率を乗じたものである。

以上の事実が認められ右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  しかして別表1および2の合計六、六五九、四四〇円から原告が弁済を受けたことを自認する一四、〇〇〇円に一〇八カ月一〇日分を乗じた合計一、五一六、六六六円を差引いた五、一四二、七七四円が原告の現に有する賃金債権である。

(四)  さらに別表1のとおり被告は昭和四五年八月時における原告の一カ月分の賃金額である八五、八八六円を同年九月以後毎月末日限り支払う義務がある。

六、よつて原告の被告に対する従業員としての地位の確認とその賃金等の支払を求める本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用し、但し五、一四二、七七四円の支払を命ずる部分については仮執行の宣言を付することは相当でないと認め、これを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(松本武 角田清 鶴巻克恕)

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